ブルースの起源

数年前までは、私はブルースと呼ばれるダンスは日本だけのものだと思い込んでいました。

ただインターネットサーフィンをしていて、アメリカン・スムースのスタイルのフォックストロットのクォーター・ターンズなどのベーシック・ステップが、日本のブルースの足型とよく似ていることを発見しました。


そのため、第二次大戦後、占領軍の兵士たちがそのフォックストロットを日本に持ち込み、理由はわかりませんが、なぜかブルースと呼ばれるようになったと、推測していました。

しかし、その後(財)日本ボールルームダンス連盟の図書室のいくつかの書籍を閲覧させていただいたのですが、ビクター・シルベスターたちの委員会によりまとめられた英国スタイルのボールルームダンス(ワルツ、タンゴ、フォックストロット、クイックステップ)出版された1932年の次の年の1933年には、すでに委員会のメンバーの一人により出版された書籍にはそれらのダンスの他にブルースという項目が追加されていることを知りました。
(末尾にその資料の目次のコピーを載せました。)

さらにその後、Modern Ballroom Dancing(ビクター・シルベスター著、初版1947年、改定版2005年)という本を入手したところ、ブルースというダンスはありませんでしたが、そのかわり、広いスペースを必要とする競技ダンスに対して、狭い場所で踊れるソシアルダンスという区分が設けられ、それがさらにクイックリズムとスローリズムに分けられ、詳細が述べられていました。

これらは、それまでクラッシュ・ダンスと呼ばれ、狭いスペースで

これらのソシアルダンスでは、若かりし頃、踊っていたブルースと同様の足型(クォーター・ターンズなど)を見ることができました。


そこで、ネット友達で、ダンスの歴史にも造詣の深い作太郎さんにお願いし、以下のようにまとめていただきました。
作太郎さんに厚く御礼申し上げます。



ブルースの起源
作太郎著


ブルースの歴史を少し繙いてみたいと思います。

ブルースは英国のボールルーム・ダンスの歴史とともに古くからあります。英国で版を重ねてきた定評のあるダンス教本は、1930年代のはじめに初版が刊行され、頻繁に改訂されましたが、そのほとんどでブルースが取り上げられていました。たとえば、私が確認したところでは、Victor Silvester氏の Modern Ballroom Dancing の第3版(1932年)と第8版(1935年)、Eve Tyngate-Smith女史の The Text Book of Modern Ballroom Dancing の改訂版(1936年)、それからAlex Moore氏の Ballroom Dancing の第4版(1945年)、いずれもBluesにページを割いています。Silvester氏の第3版には、足型のダイアグラムが載っていましたが、35年には削除されています。その理由は以下で説明しますが、結論を先取りするならば、上級者の間でブルースの人気がなくなり、段々と踊られなくなったからです。

1930年代の英国で踊られていたブルースについて理解するには、「スタンダード」という言葉について予備知識がないといけません。

私たちはしばらく前まで「スタンダード」のことを、「モダン」と呼んでいましたが、歴史的に見れば、「モダン」の語はきわめて多義的で、使う人の数だけ意味があるといっても過言ではありません。この言葉がダンスの世界で一世を風靡するのは、世紀転換期(19世紀末葉から20世紀への転換期)です。この時期に、旧来のバレエの足型を基本としたダンスから、普通に歩くときの足型をベースにしたダンスへと移行しますが、こうした新しいダンスのことを、すべて「モダン・ダンシング」と呼んでいました。1920年代の英国で、さまざまなフィガーが標準化されて、いま私たちの習っているボールルーム・ダンスや社交ダンスの基本線ができあがりますが、これも普通に歩く時の足型をベースにしたダンスですので、「モダン・ボールルーム・ダンシング」といわれました。ですが、「モダン」の語が多義的であることに変わりはありません。

その故かどうかは分かりませんが、1930年代の半ばまでに、「スタンダード・ダンス」という言葉が定着するようになります。こちらは、まさしく字義通り、「標準化された(standardized)」という意味です。1920年代から30年代の初めにかけて、上に紹介したSilvester氏やMoore氏が、フィガーの標準化作業に邁進し、その結果をダンス教本の度重なる改訂版に、あるいは新時代出版社(The New Era Publishing Co.)発行のダンス雑誌『モダン・ボールルーム・ダンシング』誌上に発表して、1930年代の前半には、英国中どこへ行っても同じダンスが踊れる状況が出来上がります。これが「スタンダード・ダンス(standard dances)」です。その当時は、ワルツ、タンゴ、スロー・フォックストロット、クイックステップの4つを意味していました。

そして肝心のブルースはというと、1930年代の半ば、Silvester氏の表現を借りるならば、「半ば標準化されたダンス」と受けとめられていました。その意味するところは、ワルツ、タンゴ、スロー・フォックストロット、クイックステップの4つに比べて、同程度に標準化されているとは言い難いからだ、とSilvester氏は説明しています。つまり、もう少しかみ砕いて言うと、標準化作業が不十分で、どこへ行っても同じように踊られるようにはなっていないけれど、そこそこ共通して使われるようなフィガーはできていた、およそ、こんなところでしょう。

ブルースがよく踊られる理由がSilvester氏の書物に記されていますが、版によって理由付けが異なります。(a) 第3版では、スロー・フォックストロットの曲をゆっくりとしたテンポで演奏するので、初心者にはバランスをとるのが難しいが、はなはだ魅力的なリズムなので、ダンス巧者の間でとても人気があり、バンドの人たちも演奏するのが大好きだ。そんなわけで長きにわたって愛好されてきた、と説明されています。(b) これに対して、第8版では、混雑した舞踏場でスロー・フォックストロットを踊るのは現実的ではないので、ブルースが踊られており、これがブルースのフィガーに影響を及ぼしている、と言います。

ブルースのフィガーの中で、もっともよく使われていたのは、ウォークとシャッセでした。シャッセが多用されていた点に、わが国との大きな違いがあるのかも知れません。これは上述の(b)の理由と関係します。混雑した舞踏場でスローを踊る時、「スリー・ステップで長い距離を滑るように踊ることはせず、そこをシャッセで縮めて踊るのですぞ。あたかもクイックステップをゆっくり異なるムーブメントで踊るようなものじゃ、よろしいかな。」こんな具合に説明しています。

もしもSilvester氏の説明が当時の舞踏場の様子を的確に反映しているのだとしたら、英国では、1930年代のほんの数年間に、ブルースに対する人々の感受性が大きく変わっていったことが浮かび上がってくるのです。30年代初頭には、ブルースの曲に魅力を感じている上級者がかなりいて、彼らは好んで踊っていたらしい。ところが30年代の半ばになると、混雑した舞踏場でスローを踊るのが難しい時に、その代替案としてブルースを仕方なし踊っていたようなのです。そして40年代の半ばともなると、Moore氏の教本の文言にある通り、「イングランドでは、スローのリズムがかかると、ダンス巧者はみなフォックストロットを踊るようになったので、ブルースがさらに進歩することはないであろう」という状況になった。

英国におけるこのようなブルースに対する意識の急激な変化は、わが国の近年の意識変化と考え合わせても、とても興味深いとは思いませんか。わが国でも、ほんの数年前まで、公民館やダンスホールでブルースの曲がかかっていたけれど、近年は(少なくとも私の知っている範囲では)ほとんどかからなくなりました。ブルースを踊っている人もほとんど見かけなくなりました。これと類似の現象は、英国では一足早く、1930年代から40年代にかけて進展しました。

英国のダンス教本について、異なる版本を収集して、相互に突き合わせてみると、人々のダンスに対する意識の変化を読み取ることができるのです。



tama注: Eve Tyngate-Smith女史は、Victor Silvester氏とともに、英国スタイルのボールルームダンスを標準化した委員会のメンバーの一人です。
             Eve Tyngate-Smith女史の The Text Book of Modern Ballroom Dancing の初版(1933年)の目次を貼りました。

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  • 最終更新:2017-05-05 22:16:02

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